『ピープルウェア』の現役PM的要約

プロジェクトマネージャー(以下、PM)は、クライアントや経営層に対し理路整然とプロジェクトの状況を説明する必要がある。しかし、実際のプロジェクトを理路整然と運営すると失敗する事が多い。なぜならプロジェクトは「人間」が動かすものであり、論理的な思考・判断とともに情緒的な感情・気持ちが「人間」を動かすからだ。

ピープルウェア 第三版』は、デキルPMになるためのティップスが書かれた書籍として読むことも可能だが、むしろPMを束ねる上級管理職、経営層がクリエイティブな組織マネジメントの手引き書として読むのがふさわしい本だ。1987年の初版発行以来、多くのエンジニアに読み継がれ現在は改訂第3版となっている。

実際のところ、ソフトウェア開発上の問題の多くは、技術的というより社会学的なものである。

これは本書の冒頭に登場する、この本の主題とも言える言葉だ。

仕事としてソフトウェア開発を行った経験がある人なら、上記の言葉の意味が良く解るのではないだろうか。

技術的な問題は、適切な知識・経験と工期(予算)があれば解決できる事が多いが「人」が関わる問題は解決が難しい。意思疎通の問題、要員の問題、マネージャーや顧客への幻滅感、意欲の欠如、プロジェクト期間中の離職・・・。

本書はこの「社会学的な問題」について、6部構成で考察し、読者にヒントを与えてくれる。

  • 第1部:人材を活用する
  • 第2部:オフィス環境と生産性
  • 第3部:人材を揃える
  • 第4部:生産性の高いチームを育てる
  • 第5部:肥沃な土壌
  • 第6部:きっとそこは楽しいところ

第1部:人材を活用する

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雪が降りしきるある日、私は病床から足をひきずってオフィスへ行き、顧客デモ用の不安定なシステムを立て直そうとしていた。シャロンは、部屋に入ってきて私を見つけ、コンソールの前で倒れそうになった私を支えてくれた。そしてちょっと姿を消したかと思うとスープを持って戻り、私に飲ませて元気づけてくれた。私は聞いた。「マネジメントの仕事が山ほどあるのに、どうしてこんなことまでできるんですか?」シャロンは専売特許のにこやかな笑みを顔いっぱいに浮かべて応えた。「これがマネジメントというよものよ」

PMは多くの場合自分自身でコード設計や実装、テストをする事は無い。その代わりに、メンバーがスムーズに作業を行える環境を企画し、運営する。著者が昔関わったプロジェクトのマネージャー・シャロン氏の「これがマネジメントというよものよ」という言葉には、PMのあり方がよく表現されている。

本書はまた、ソフトウェアウェア開発のマネジメントにおける7つの錯覚と、その反論も列記する。

1. 生産性を飛躍的に向上させる方法があるはずなのに、今までずっと見落としてきた。
– 反論:「銀の弾などない」
2. 他のマネージャーは2倍も3倍も成果を上げている。
– 反論:コーディングやテスト部分だけならありうるが、要求分析、折衝、設計、研修、受け入れ、移行など全体で考えればそんな事あり得ない
3. 技術は日進月歩で、油断するとすぐ置いて行かれる。
– 反論:「技術」はそうだが「ソフトウェア開発」の進化の歩みは遅い
4. プログラミング言語を変えれば、生産性は大幅に上がる。
– 反論:コーディングやテスト工程のみの話である
5. バックログが多いから、すぐにでも生産性を2倍にする必要がある。
– 反論:バックログが(常に)残る状態なら、そもそもそのプロジェクトをお払い箱にすべきだ
6. 何もかも自動化してしまおう。そうすれば、ソフトウエア開発者がいらなくなるのではないか?
– 反論:開発者の主な仕事は、ユーザ流の表現で表したユーザ要求を、厳格な処理手順に組み替えるための、人と人とのコミュニケーションであり、これはどんなにソフトウェア開発のライフサイクルを変えようと、絶対に必要な仕事であり、自動化できるはずがない
7. 部下に大きなプレッシャーをかければ、もっと働くようになる。
– 反論:「違う。ヤル気をなくすだけだ。」

コーディングやテスト工程は技術的なアシストを受けつつ作業を進められるが、それ以外の工程、つまりコーディングやテスト工程の内容を決める要求分析や設計、研修、受け入れなどの工程は泥臭い「人」と「人」のコミュニケーションによって成り立っている。その「人」を活かすのが、PMの仕事の本質である。

第2部:オフィス環境と生産性

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新型コロナウィルスの影響で、国内でもリモートワークの導入が大幅に進んだ。これによりチームが一堂に会して働く文化は消滅するのだろうか?

私はこう考える。リモートワークは職場での勤務を完全に代替するのでなく、双方が共存して新しい働き方文化が創られていく。週に1回でも、チームが集まって働く事は、SlackやTeams、Discordでの繋がりでは得られないコミュニケーションの深さを生む。

確かに本書で紹介されている下記の様なつぶやきは、オフィスで良く聞かれる。

一番仕事がはかどるのは、まだ誰も出社していない早朝だ

深夜なら、2、3日分の仕事を一気に片付けられる

オフィスの騒々しいことといったら、まるで動物園の檻の中だ。でも夕方の6時を過ぎる頃から静かになり、一つのことに没頭できる

私の上司は自宅で仕事をすることにウンと言わなかったので、重要報告書の締め切り日の前日に生理休暇を取り、自宅で書き上げ、期日に間に合わせた

しかしこれらは一人で完結できる作業においての話である。プロジェクトの中で一人作業の割合は、全体量の半分以下だろう。
まあしかし、半分だったとしても、この作業環境を効率化するのは重要だ。2020年現在であれば、自宅の作業環境が良い人は自宅で作業すれば良いし、カフェが好きな人はカフェで作業するのが良い。

著者は、単独で作業する際に大切なことは「一つのことに没頭し、ほとんど瞑想状態になること」だという。幸福感に満たされ、時間が経つのを忘れる。心理学でいうところの「フロー状態」だ。そしてフロー状態となる事を邪魔する要素を排除することが重要だという。つまり、電話、上司の馬鹿話、同僚からの質問、などなどを排除する事が重要だ。


話は飛ぶが、環境の良いオフィス設計のヒントとして、建築家/哲学者のクリストファー・アレグザンダーが提唱する「メタプラン」という概念を紹介する。メタプランは以下の3つで構成される;

  1. 少しずつ進化するという基本思想
  2. 進化を左右する一連のパターンや共通設計原則
  3. 関係する部分の設計への住人の参加

働く人が設計に参加し、段階的にオフィスを進化させることで、ビジョンを共有しつつ有機的秩序を持った魅力的な味を持つ環境を創ることができるのだ。

第3部:人材を揃える

組織は、時間の経過とともに「態度」「外見」及び「思考過程」の画一化が進行する。この画一化を企業の「エントロピー(=一様、均質)と呼び、そのエントロピーが高まるとエネルギーを生み出したり仕事を達成する地力が下がるという。

そして「もっとも大きな成功を収めるマネージャーは、自部門のエントロピー(=均質性)を攪乱し、社内標準からかけ離れても適切な人材を集め、彼らに本来の力を発揮させる人々だ。」と著者は言う。

では「社内標準からかけ離れても適切な人材」は、どのように採用活動の際に見極めれば良いだろうか。本書では3つの方法を考察する。

1. ポートフォリオ

私がやった仕事のサンプルをいくつか持ってきました。たとえば、これはあるプロジェクトで作ったC++のサブルーチンで、これは別のプロジェクトで作ったSAPスクリプトを集めたものです。ご覧のように、私たちはクヌーズが提唱したloop-with-exitを使っていますが、それを除けば、御社の標準が要求している通りのきっちり構造化されたコードを書いています。それから、これはこのコードを書くもとになった設計で、これは私たちの仕様書の心臓とも言うべき階層化データフロー図です。そして、付随するデータ辞書もあります。

求人側は、応募者にポートフォリオ・サンプルの提示を求めるべきだと本書は主張する。自分の感覚だと、2020年現在の意欲的な応募者は、GithubやSNS、Qiitaなどのアカウントを経歴書に添付する傾向がある。そこから一歩踏み込み、上記引用文のようなスタイルの片鱗を経歴書のどこかに記載すれば、よりその人の適正についての理解が進むだろう。

2. 適性検査

適性検査は「左脳」を対象とした内容が多い。統計分析、プログラミング、その他応募者が採用された直後に行う仕事を対象とした内容だ。

しかし採用後数年経てば「左脳」でなく「右脳」を使う仕事が増える。全体的思考、ヒューリスティックな判断、経験に基づいた直感などだ。

著者らは、適性検査は短期的によい仕事をするが、その後はあまり成功しそうにない人を選び出してしまうので、採用においてはあまりお薦めできないと言う。

3. オーディション

応募者に、過去にやった仕事のある側面について、10分から15分の発表してもらう。ある側面とは、新技術を初めて試みたときの経験、苦労したことを通じて得られたマネジメント上の教訓、あるいは特に興味のあるプロジェクト、といったものである。応募者は主題を選べる。開催日を決め、新採用者の同僚となるはずの人たちで聴衆グループを編成する。こうすることで、採用となった場合に元からいた人々と早く打ち解けられる。

この際、応募者に念を押すこととして本書では「業務と密接に関係する事以外は話さないように依頼すること」を提案している。直接関係の無い話には、聴衆がだまされやすいからだという。確かに、プレゼンテーションが上手なだけで、中身のない(中身の違う)話をする人はある一定数いるので、この提案は合理的だろう。


採用と同じように大切なのは、人材が辞めない事だ。図はマリオが退職し、新たにルイージが担当となったことを現している。

採用と同じように大切なのは、人材が辞めない事。マリオが退職し、新たにルイージが担当となったことを表現した図。

マリオが辞めた後、ルイージがすぐに加入するというかなり理想的なシナリオだが、それでもルイージは着任してからマリオと同じよう(a=<c)生産性を発揮するまでには時間がかかる。全体的に考えれば、大幅な生産性ダウンとなる。
さらに言えば、時間が経過してもルイージはマリオの生産性に追いつき、追い越すことはできないかもしれない。

作業レベルでも退職ダメージは大きいが、長期的な企業の行方にも高い退職率は影響を与える。

退職率の高い企業では、社員はどうせそこには余り長くいないことがわかっているから、徹底して短期的に物事を考える傾向がある。したがって、例えばスタッフのためによりよい作業環境を作っても、その投資はすぐに無駄となる。研修にお金を使うのも、無駄となってしまう。悪循環のループである。

退職理由について、本書では次の3つでほとんど説明がつくとしている。

  1. 腰掛けメンタリティ:この仕事を長く続けようという雰囲気を同僚がかもし出さない。
  2. 使い捨てにされる予感:経営者が社員を交換できる部品としか考えない(退職率が高くなれば、なくてはならない人はいなくなる)。
  3. 会社への忠誠心なんて馬鹿ばかしい、という意識:人を部品と思っているような組織に誰が忠誠心を持つだろうか?

では、離職率を下げるにはどうしたらよいのだろうか。

第4部:生産性の高いチームを育てる

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強い結束があるチームに育てると、離職率が下がり、生産性も高まると本書は言う。

育てるための「銀の弾はない」が、チーム形成を妨げ、プロジェクトを崩壊させる確実な方策はいくつかある。本書ではそれを「チーム殺し」と名付け解説する。

「チーム殺し」

  • 守りのマネジメント
    • マネジメントにおいて「守り」は必要だが、部下に対しては攻守、つまり「信頼して良い」時と「そうでないとき」を慎重に使い分ける必要がある。「部下が正しくできる限り、完全に自主的に仕事をさせてもよい」との前提は、自主性を与えていないに等しい。自分とは違ったやり方で仕事を進められる事を保証し、間違ったことをしてもよい権利を与える必要がある。信頼されていないと感じている人々は、助け合ってチームを結束させることに関心を示そうとはしない。
  • 官僚主義
    • ここでの官僚主義とは、頭を使わずに機械的にドキュメントを作り続けることを指して批判している。守りのために、必要以上にドキュメントを作成するのはチームが目標に達成する阻害要因となる。
  • 作業場所の分散
    • 日頃密接に連絡を取るべき人々を物理的に引き離すことは、どの道全く意味がない。隣にいる作業者は、騒音と中断の発生源になる。作業者が同じチームにいるときは、同時に静かに仕事をすることが多いから、フロー状態を中断させられることも少ない。チームのメンバーを一緒にしておけば、チーム形成にとって必要な日常の何気ない会話を交わす機会も生まれる。
  • 時間の細分化
    • 複数の結束したチームに同時に身を置くことはできない。固く結束したチーム内の相互作用は排他的である。時間を細分化されたらチームは結束しない。
  • 製品の品質削減
    • コストを削減し短期間で出荷すると、品質は下がる。品質が下がると、チームの一体感は落ちる。早くプロジェクトを終え、早く次のプロジェクトでリセットしたいと考えるようになる。
  • はったりの納期
    • いくら命令されても、必要な工期が与えられていないプロジェクトに関わるメンバーは、自身がその「無理」を十分理解しているので、チームにまともに関わろうとしなくなる。
  • チーム解体の方針
    • 結束して成功させても、プロジェクトが完了したらチームをバラして、再構築する方針の会社があるが、これはただ単にチームを破壊し、これまで結束するために費やされてきた信頼関係を捨ててしまうことになる。

「続、チーム殺し」/「続々、チーム殺し」

  • いまいましいポスターや楯
    • 社員のことを「末端」や「普通の人たち」「リーダーが導くべき群れ」といった、本人の気持ちを無視したメッセージを持ったビジュアルやコピーのポスター、楯を社内に配置していないか。社内のある人たちを高揚させようとする際に、その他の人たちの尊厳を踏みにじっていないか注意が必要である。
  • 残業
    • 短期的にどうしても残業しなければならない時はあるが、長期化・恒常化するとチームの結束を損なう。個人の事情で、残業できるキャパシティも個々人で異なるし、それが不平等感に繋がる。また「人は、期待通りにできそうもないことがわかったときに、避難から身を守るために残業するのだ」というジェリーウィンバーグの言葉を紹介している。
  • 仕事に誇りを持つ権利を奪うマネージメント
    • 年次の給与の見直し、メリットレビュー、目標管理、大きな業績を残した社員の表彰、成績に密着した表彰、賞、ボーナス、あらゆる形態の能力評価は、個々人のモチベーションを高めるかもしれないが、注意深く行わなければ、残りのチームメンバーのモチベーションを下げることになる。

では「チームを育てる」行動とはどんなものだろうか?本書には、優れたマネージャーに共通の行動を具体的・総体的に記載されている。

優れたマネージャーに共通しているのは、チームを全体として成功させるために、チームに小さな機会をちょくちょく提供していることだ。例えば、ちょっとしたパイロットプロジェクトやデモ・シミュレーションは、速やかにチームを結束させ、チーム全体が成功するくせをつける。最大の成功は、「マネージメント」などないかのように、チームがなごやかに一致団結して働いたときである。最良の上司とは、管理されていることを部下に気付かせずに、そんなやり方を繰り返しやれる人である。このような上司は、同僚からは単に幸運だと思われている。すべてが都合良くいくようにみえる。活力のあるチームが生まれ、プロジェクトは早くまとまり、終わりまで全員が夢中になれる。こういうマネージャーは決して汗をかいて必死になることはない。余裕シャクシャクにみえるので、誰も彼らが管理をしているとは信じられないのである。

概ね自分も上記の意見に賛成だ。但し途中まで「余裕シャクシャク」だけれど、最後の最後に「逃亡」するPMを何人も見てきたので「そういうフリをしているエセPM」との区別が難しいところではある。


本書では、チーム形成の不思議な化学反応を生み出すための6項目も紹介する。

1. 品質至上主義を作り出す
「完全な製品だけを求める」態度を取れば、チームが一つにまとまる可能性が高くなる。余分な機能をつけるくらいなら、製品の本質を磨く姿勢がチームにとって「真珠貝の中の砂粒(将来真珠になる)」となる
2. 満足感を与える打ち上げをたくさん用意する
仕事をいくつかに分割し、その一つ一つが、それなりに完成の達成感を味わえるようにする。完成したら、それを喜ぶ癖をつける。
3. エリート感覚を醸成する
チームの個性を掘り起こし、チームにアイデンティティを形作る。アイデンティティは「全員が若手」や「全員が〇〇出身」など、なんでも良い。
4. チームに異分子をまぜることを推奨する
「3」にもかかわらず、違う観点からダイバーシティーを尊重する。全員男性や、全員ベテランなどのチームでは、型にはまったチームになってしまう。
5. 成功しているチームを守り、維持する
成功しているチームがプロジェクトを完了したら、そのチームで別のプロジェクトをはじめる事のできる選択肢を提示してあげること。無駄に解散させてしまったらもったいない。
6. 戦術で無く戦略を与える
マネージャーは、厳密にはチームの一員(同僚)ではない。チームメンバーそれぞれが、ネットワーク構造となって、臨機応援にリーダーシップを発揮できるような方向付けをしよう。

小規模なプロジェクトでは、プレイングマネージャーとして行動する事も求められる。その場合は、メンバーにパスを出してシュートを決めさせる時と、自分が率先して難しいセットプレーを蹴りに行く気持ちを、うまくコントロールして、あくまでチームが勝つための行動を率先してマネージャーが指し示すことが大切だと自分は思う。

第5部:肥沃な土壌

肥沃な土壌

メソドロジーが引き起こす問題と、その解決方法

「3月までの約2ヶ月間、上から指示された技法を適用することだけをやっていた。私にはそれがどうして私たちの仕事に役立つのかが皆目わからなかったが、上司は絶対に役立つと言い続けた。彼は『メソドロジーを信じろ、最後にはきっとうまくいく』と言った」

「メソドロジー(方法論)」は、標準化、記録の均質化、マネジメントのしやすさ、最先端の技法といった美辞麗句とともに導入される。しかしメソドロジーが強力な組織では、決定論的になり自己修復機能を失う。作業を固定的な型に押し込め、次のような問題を引き起こす;

書類書きの泥沼化
「書類の山は問題の一部であって、解決の一部ではない。」

手法の不足
競合する手法・技術の無い、枯れたフィールドにおいては、標準化は有効である。しかし標準化が他の手法を排除することも多い。

責任観念の欠如
メソドロジーに従った場合、失敗してもそのメソドロジーに原因を帰結できる。つまり誰も責任を負わなくても良くなり、責任観念は欠如する。

全般的な意欲の低下
上が部下を無能だと考えていることがわかれば、下は意欲を失う。メソドロジーは、そのようなメッセージを暗黙の内に含んでいる。

ではメソドロジーに陥らずに「標準化」「記録の均質化」「最先端の技法」をチームに根付かせるにはどうすれば良いのか?著者は3つの方法を提案する;

  1. 社員研修
  2. ツール
  3. ピアレビュー

そして時には「標準的な手法を使ってはいけない」パイロットプロジェクトを実施し、効率化を模索する事も重要だと説く。ホーソン効果、つまり「人は何か新しいことをやろうとしたときによりよい成績を収める」こともあるからだ。但し「やる気の思考をすると、結果は挑戦だ」となり、リスクマネジメントが欠落しやすい。パイロットプロジェクトを行う際、マネージャーは必ずバックアッププランを準備し、失敗が見えた場合には路線変更する必要がある。

意味のある会議

意味ある会議とは、何かを目的として招集される会議だ。目的に沿った検討課題リストを作成し、必要なメンバーだけが出席する。決定に到達したら、会議は終了する。

その対局にある意味の無い会議は、時間によって終了する「儀式」のような会議だ。儀式を減らすには、一対一の対話を増やすこと。そのために砕けたコミュニケーション機会が必要なら、オープンスペースを奨励すれば良い。マネジメントにおける究極の罪は、スタッフの時間を浪費することで、意味の無い会議を撲滅する必要がある。

会議はまた「時間の細分化」をもたらす点にも注意が必要だ。せっかくメンバーが「フロー状態」にあってもそれを分断してしまう。朝礼や終礼といった極に会議を行う事は、時間の細分化を防ぐのに有効だ。

「早期の過剰人員」が生まれる理由

「プロジェクトの人員をどういじろうと、そんな厳しい工程でプログラムを完成させるのは不可能に近い。どうせ工程が遅れるのなら、上層部がプロジェクトの早い段階で投入したいと思っている余剰人員を断ったらどう思われるかを考えた方がよい。早い時期に人お入れ手も時間を無駄にするだけだが、少数精鋭で最初の6ヶ月を乗り切るより、余分の人員と一緒ににぎやかにやった方が政治的に安全というものだ。上層部の意向に逆らって少ない人数でプロジェクトを進めると、道理を知らないリトルリーグの子供と思われかねない。」

プロジェクト開始直後に、大量のスタッフを投入しても無駄が多いという事を多くのPMは理解しているが、政治的理由によって大量投入してしまうケースが多い。著者は全プロジェクトのうち、90%程度あると言う。確かに…

変化を可能にする方法

変化は嫌われ、変化によって恩恵を受けるはずの人たちはその事に気付いていない。著者はその事実を、2人の言葉を引用して訴える。

「人は変化を憎悪する/それは人が変化を嫌うから/私の言うことを、しっかり理解してほしいんだ/人はほんとに変化を嫌う/ほんとに、ほんとにそうなんだ」
スティーブ・マクメナミン|アトランティック・システムズ・ギルド社長

「自分が先頭に立って新たな秩序を導入することほど、扱うのが困難で、成功が疑わしく、管理するのが危険なものはない、ということをよく考えるべきだ。導入する人にとって、古い秩序から恩恵を受けた人はすべて敵であり、新たな秩序から恩恵を受ける人からは、気のない支援しか受けられない。」
マキャベリ『君主論』(1513年)

変化に対する抵抗勢力は、下記の「変化に対する抵抗の連続体」で分解できる。

元メニンガー・ビジネス研究所:ジェリー・ジョンソンの「変化に対する抵抗の連続体」

各要素の説明は、以下の通りだ;

  • 「むやみに忠実」な人は、気まぐれで話題になるものが現れると、それに飛び乗る。賛成するのも早いが手を引くのも早い
  • 「信じているが質問あり」が唯一意味のある潜在的な味方である
  • 覚えておくべき呪文「変化への基本的な反応は、論理的なものでなく情緒的なものである」

変化が起こる前には、いくつかのイベント・ステップが必要だ。著者は「サティアの変化モデル」を使って説明する。

家族療法の専門家:バージニア・サティアの変化モデル

「他からの要素」とは、つまり変化を起こそうとする「あなた」だ。

「混乱」は「あなた」がもたらす。古い状況に適応した人たちが再び初心者に戻り再適応を強いられるのは納得されず混乱する。この「混乱」は、変化のために絶対に必要なステップだ。混乱が始まったときに、それを「新しい状況」になったものと誤解される可能性があるので注意が必要だ。「新しい状況」がひどいので、元に戻そうというメッセージを出す人が出てくる。そのメッセージは事前に予想し、気をつけて対処しよう。変化は、失敗(少なくともちょっとした失敗)が許される場合のみ、成功の可能性があると心得て準備が必要だ。

「アイデアの変型」は、混乱状態にいる人々が、苦闘の終わりが近い党希望を与える「何か」だ。

「実践と統合」は、習熟のペースが上がってきたときに入る段階。完全に快適でないが、新しいやり方が成果を上げ始めていると感じられている状況。

組織学習成否のカギ

組織学習のカギは「どのように」するかでなく「どこで」するかだ。中間管理層は上層部と現場の双方を理解できるレイヤーで、学習センターとなるにふさわしい場所だと言う。「組織のスリム化」が必要な際、中間管理層はターゲットとなりやすいが、学習センターが消滅する可能性があるので注意が必要だ。

中間管理層があるだけで、企業の学習能力が上がるわけではない。中間管理職が孤立したり、争ったり、互いに牽制するような組織では学習センターとはならない。協調でき成果を共有できる環境をつくり維持する必要がある。

第6部:きっとそこは楽しいところ

きっとそこは楽しいところ

より整然とした、制御可能な方法をめざす進歩は、どんなことがあっても止めようのない流れである。そのために「混乱」は積極的に取り除かれる対象となる。

しかし現代社会に残された「混乱」は、貴重である。だからこそ「取り除く」だけでなく、バランスを考え積極的に「小さな包みにして」分配するという思考が必要だ。「混乱状態にあるものをキチンとする」快感を、部下たちにあたに味わってもらうのだ。それを「小さな混乱の建設的な再導入」と著者は表現する。

その実現方法として、以下を挙げる;

パイロットプロジェクト
分厚いマニュアルに頼らず、新しくまだ効果が証明されていない技術を試しながら開発する。注意点は、複数の側面でなく一部分だけを新しい方法で試すことだ。それ以外の側面では、これまで通りの標準を遵守する。「側面」には、ハードウェア、ソフトウェア、品質管理手法、マトリックス管理、プロトタイピング技法などが考えられる。

プログラミングコンテスト
賑やかに競い合い、完全なる敗者が生まれないように工夫すると、建設的な混乱が生まれる。自分の能力を客観化するのは楽しい経験である。但し、秘密と安全を保証する必要がある。また、継続的に実施することで、健康診断と同じように、自身の向上を把握する機会ともなる。チームで競う形式にすれば、メンバーに対する新しい気づきの機会ともなる。コンテストは緻密に計画し、最後にはみんなで無料の食事会を開き、ざっくばらんに振り返りのできる機会を提供するのが良い。

ブレーンストーミング
6人ぐらいに限定し、創造的な洞察を目的とする。進行係はアイデアの質でなく、量を求することを参加者に求め、どんなに馬鹿げたアイデアも否定しない。それに刺激を受けて良いアイデアが出ることもあるからだ。類似、対義、沈黙などを駆使し、積極的に「混乱」を楽しむ。

教育、旅行、学会、お祭り、そして冒険体験
仲間と一緒に同じ体験をするよう計画された旅行、例えば研修セミナーや国際会議は、社内秩序からの逸脱機会を提供する。そんな予算がないなら、オフィスにキッチンカーを呼ぶだけでも、秩序が乱れお祭り感を提供できる。優れた感性と秩序が、通常の作業時間では望ましい要素であることは、疑いのない事実であるが、冒険や馬鹿馬鹿しさ、少量の建設的混乱には意味がある。


秩序の逸脱、という観点において「雇用システム」もその対象となり得る。伝統的な会社員だけでなく、自営業やフリーランサーを活用するのだ。彼ら「自由電子」は、専門技術の社内導入に有効だし、社内に起業家精神の息吹を持ち込むことにもなる。

社内の優秀な社員が、その「起業家精神」に影響されてもそれに飲み込まれないよう、魅力的な雇用の選択肢を提供する必要がある。例えば、大雑把な方針だけを与えて、具体的に何をどうするかについて強い発言権を持つような特別社員・特別研究者が考えられる。

やる気の強い「自由電子」は、自分に与えられたポジションに報いようとする傾向が強い。

大部分の社員は、上司に具体的にどの目標を達成すれば、成功と評価されるのかを示してもらいたがる。一方で、そんなものが必要で無い人もいる事を忘れてはならない。少数だが、将来に対する見通しと成熟とをほどよく併せ持つ人物がいるはずなので、それを見抜き、好きなように仕事をやらせる方が会社の利益になる。

最後に

社会学的関係は、技術よりも、時には金よりずっと重要な問題だ。生産的で仕事の楽しさを満たす会社(社会)を作ろう。集中的に改善すべき問題を見極め、事実を集め、はっきりと主張するべきだ。味方はきっといる。


書籍DATA

  • 書名: 『ピープルウェア 第三版
  • 著者: Tom DeMarco & Timothy Lister
  • 訳者: 松原友夫/山浦恒央/長尾高弘
  • 発売日: 2013/12/24
  • ページ: 398ページ
  • 出版社: 日経BP